ワールドウォッチ研究所所長 クリストファー・フレイヴィンが米国下院国際関係委員会アジア太平洋小委員会において証言した内容についてお知らせします。
『アジアにおける環境問題に関する公聴会』
2004年9月22日
議長、アジアにおける環境問題という重要なテーマについて、本日この場で発言する機会をいただきまして有難うございます。今世紀のあいだに、アジア地域、特に中国は、世界の経済と環境において、かつてないほど中心的な位置を占めるようになります。30億人以上の人口を抱えるアジアにおける急速な経済成長が、人類と自然界の将来の姿に影響を与えることは避けられません。今後どのような選択がなされるかが、アジアおよび世界の人々の生活の質に多大な影響を及ぼすでしょう。
I. 中国が世界に及ぼす影響
持続可能な開発を進める上での課題に関して、中国は非常に重要な存在となっています。急速な経済成長によって、13億人の中国人のうち多くの人々が消費社会に組み込まれ、これによって国内外の資源へのプレッシャーは増大しています。莫大な人口、増大し続ける経済的重要性、幅広い文化的影響をもつ中国が今後どのような決定をするかは、人類と地球の将来的な健康に大きく関わってきます。
中国の面積はアメリカとほぼ同じですが、人口は4.5倍です。中国は世界人口の21%を占めますが、世界の淡水と農作物栽培好適地に占める割合はわずか7%、森林は世界の3%、石油は世界の2%を占めるにすぎません。中国の経済生産はこの10年で倍増し、アメリカに次ぐ世界第二の環境影響大国となりました。中国は既に世界第二位の石油と水の消費国であり、世界の気候変動をもたらす主な温暖化ガスである二酸化炭素の排出量もアメリカに次ぐ第二位です。中国経済の好調によって、中国が世界の資源消費に占める割合は急激に増大し、今後数十年間で汚染物質の排出量に占める割合も増えるでしょう。食糧と木材の輸入量も急速に増加し、遠くはブラジルアマゾンの脆弱な自然環境にまでプレッシャーを与えています。
中国の石油消費は1990年代の中頃から増加し、日量300万バレルをやや超える程度の国内生産量をはるかに上回るまでになっています。国内生産の不足は輸入の急増で賄われ、輸入量はわずか10年でゼロから日量300万バレルにまで増加し、中国は日本に迫る世界第三位の石油輸入国となっています。
1980年代の初めまで、中国では自転車が主な交通手段でした。2002年の初めまでには中国の自動車保有台数は1000万台に達し、2002年には400万台、2003年には600万台増加しています。2015年までには中国の自動車保有台数は1億5000万台にのぼると予想されています。この台数は、2000年のアメリカの自動車保有台数とほぼ同じです。自動車は中国に新しい産業と雇用をもたらしますが、石油を消費する上に、道路網が拡充されるにつれて貴重な農地も失われることになります。
現在の中国の石油消費量は一人あたり年間1.5バレルにすぎません。アメリカは一人あたり26バレルです。しかし中国では莫大な数の住宅や工場、道路の建設が進み、自動車生産も大規模になり、これによって石油需要は増大しています。石油は輸送機関においてのみならず、国の電力網による電力供給の逼迫を補う多数のディーゼル発電機の燃料としても利用されています。昨年は電力需要が14%増加し、国の電力網では対応しきれませんでした。中国のロシアや湾岸諸国へのエネルギー依存度は高まっており、石油輸入量の急増は戦略的・環境的な影響を及ぼすでしょう。
II. 中国の開発による環境負荷
アメリカの全人口をミシシッピ川の東側に集め、さらに4倍にすると、中国東部地域に匹敵する人口密度となります。中国の人口の圧倒的多数は、東部に集中しています。工業国で既に一般的になっている商品やサービスを、10億を超える中国の人々が求めるようになり、実際に大きな影響が出始めています。中国は石炭への依存度が高く、これが事態をさらに悪化させています。
中国のエネルギーの70%は石炭で供給されており、この石炭依存度は産業革命最盛期のイギリスに匹敵します(アメリカでは、当時は薪に大きく依存していたため、石炭への依存度がこれほど高くなったことはありません)。中国では、アメリカのように石炭を発電や製鉄のための燃料に使用するだけでなく、非常に多くの工場や住宅で使っています。食物の加熱のような単純な用途にも使われています。北京のような都市では石炭からガスや石油への代替をめざす努力が進められていますが、多くの地域では、石炭に代わる燃料は入手が不可能であるか、あまりに高価であるかのどちらかです。
北東アジア地域の大気に関する主な環境問題には、成層圏オゾン層の減少、酸性降下物(酸性雨)、都市部の大気汚染、気候変動があります。オゾン層の減少以外は、すべて化石燃料の燃焼が原因です。これらの問題のうち、酸性雨はこの地域の最も喫緊の、そして国境を越えた問題です。特に、石炭を燃料とする中国の工場から排出される汚染物質が遠くまで運ばれることが問題となっています。
中国の発電所や工業施設による地域的な大気汚染は、多くの都市地域で危機的な領域に達しています。あらゆるエネルギー源のうち、石炭を利用する火力発電では、粒子状物質(PM)、硫黄酸化物(SOx)、温暖化をもたらす二酸化炭素(CO2)の排出量が最も多くなります。また、石炭火力発電は窒素酸化物(NOx)の主要な発生源でもあります。中国のPM、SOx、NOxの合計排出量の約90%は、石炭の燃焼によるものです。この中では発電の他、家庭での調理や暖房など小規模な使用もかなりの割合を占めています。
今後20〜30年間のうちに二酸化硫黄の排出が3倍に増加すれば、この地域の硫黄降下物の量は、かつて東欧の最も汚染の深刻な地域で観測された量を上回る可能性があります。大気中の二酸化硫黄濃度は都市部だけでなく多くの農村部で世界保健機関(WHO)のガイドライン値を超えるでしょう。二酸化硫黄は酸性雨の生成を促します。現在、中国の国土の30%で酸性雨が降っています。工業用ボイラーや工業用炉での消費は中国全体の石炭消費の半分にのぼり、都市部の大気汚染をもたらす最大の単一発生源となっています。中国の石炭消費による健康影響はさらに重大です。WHOが世界で最も汚染の深刻な都市とした10都市のうち、6つは中国の都市であり、政府機関の推計によれば、これらの都市の空気を吸い込むことは1日2箱のタバコを吸うのに等しいそうです。
III. 中国の選択
中国の環境問題はかつてなく重大なものとなっており、20世紀の後半をとおして続いた中央集権的な一党支配から政府の構造がゆるやかに変化しつつあることによって、さらに複雑化しています。地方政府の役割が拡大し、最近になってようやく許可された環境NGOの数は現在2000を超え、政策改革の推進力となり始めています。しかし、中国政府の環境規制当局の擁する人員はアメリカの環境保護庁の100分の1であり、最近の環境法は条文の上では厳格なように見えても、効果的に執行されていないのが実情です。
このように、これまでの経過はまだ良好とは言えませんが、環境面での持続性が中国の経済開発の成功に欠かせない条件の1つであり、工業国が現在実施している環境政策や技術に何十年も遅れをとったままではいられないということを中国が認識し始めている、という慎重な楽観論の根拠はあります。環境と開発に関する中国国際協力委員会は最近、「多くの国は物質とエネルギーを大量に消費する構造を作り上げたが、現在1人あたりの消費が著しく少ない中国には、その失敗を回避することが可能である。より持続可能な消費パターンへの移行は、国内企業の競争力の強化と、国際市場へのアクセスの拡大につながる」と述べています。21世紀の中国の成功に必要なのは、このような飛躍をめざす政策です。中国の経済規模は非常に大きいため、中国が持続可能な技術や産業に向けて決定的な動きをとれば、その影響は世界に波及する可能性があります。これによってコストは低下し、他の諸国が新しい経済の流れに加わるのを後押しすることになるでしょう。以下のような最近の動向からも、楽観的な見方をすることができます。
1. 家電製品をなどさまざまな製品に関する政府の基準をはじめとして、エネルギー効率の追求が幅広く奨励・実施されています。また、自動車についても現在のアメリカを上回る高い基準が提案されています。中国がヨーロッパやアメリカを追い越して蛍光灯の生産と使用量で世界第一位となっていることは、このような効率化に向けた努力の成果の一例です。
2. 中国は、小規模水力発電と太陽熱温水器という2つの再生可能エネルギー技術において世界のリーダーとなっています。太陽熱温水器については、中国各地の数多くの共同住宅で太陽集熱器の設置を進めており、2003年に世界市場の75%を占めているのは注目に値すべきことです。2004年にドイツで行われた国際会議では、中国は2010年までに電力の10%を再生可能エネルギーによって発電するという意欲的な新しい目標を発表しました。現在、再生可能エネルギーに関する新しい法律の制定に向けた準備が進められていますが、これは風力などの広範囲にわたる開発に道を開くことを意図したものです。
こうした最近の成果からは、中国が資源の消費と排出量だけではなく、より持続可能な将来への道を示す上でも世界のリーダーとなる可能性を秘めていることが伺えます。中国は低コスト生産のすぐれた技術をもち、迅速な方針転換を実現する能力を備えていることは既に明らかです。これによって、中国は持続可能な生産と消費の最前線へと急速に移行することができるかもしれません。
中国が大規模な経済国となったことは、地球全体の人口が今後50年で80億人を越えることが予想される中で、現在の工業国に住む約10億の人々の生活を支えている資源消費と環境汚染のパターンは、決して世界経済の発展に寄与するものではないということを示しています。中国とアメリカは、今世紀の経済大国および環境影響大国の双璧となるでしょうが、将来における可能なかぎりの繁栄と持続可能性を実現するための新しい技術、消費パターン、政策を開発することは、両国の共通の利益となるでしょう。
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