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高病原性鳥インフルエンザ
2003年末から04年にかけて、高病原性鳥インフルエンザが東アジアでかつてない範囲に広がり、その制圧がたいへんに危ぶまれている。日本では比較的早期に収束できたが、鶏卵や鶏肉に風評被害が出た。また、アジアからの鶏肉や鶏肉製品の輸入が停止され、BSEによるアメリカ産牛肉の輸入停止とあいまって、食料自給率向上の要求が高まった。
高病原性鳥インフルエンザの性質
高病原性鳥インフルエンザが重要な人獣共通感染症として認められたのは、1997年に香港で発生したウイルスに18人が感染して、そのうちの6人が死亡してからである。それまでは、高病原性を含む鳥インフルエンザA型ウイルスが人に感染して、病気を引き起こす例はほとんどなかった。しかし、鳥や豚あるいは人のなかでの、ウイルスの遺伝子の変異によって、人に適合するウイルスが生まれて、流行することが懸念されるようになった(Subbarao1997)。とくに、豚には鳥と人のウイルスが感染しやすく、それらが同時に感染すると豚の体内でウイルスの遺伝子が交雑し、人の新型ウイルスが生まれることが警戒されている。現在では人のA型インフルエンザは、さかのぼると鳥のウイルスに起源をもつと考えられるようになった(岡田・田代2004)。
A型インフルエンザウイルスにはさまざまな亜型があり、鳥や動物のなかで循環しているが、高病原性ウイルスはH5とH7亜型にみられ、感染した鳥の致死率は極めて高い。2004年のH5N1型ウイルスは、肉眼でわかる病変もなく死亡する。感染力が極めて高く、1〜2日で死亡するため発見されやすいが、養鶏産業への打撃は大きい。FAO(国連食糧農業機関)、OIE(国際獣疫事務局)、WHO(世界保健機関)の合同専門家会議は、最大の防疫措置は、感染した鶏ニワトリの群れを直ちに淘汰(殺処分)し、広がりを抑えることだとしている。
鳥のワクチンは中進国や途上国では用いられているが、ウイルスが侵入した場合、症状を軽減できても、感染を防ぐことはできない。そのため、ワクチンを接種すると、侵入したウイルスを潜行させてしまう恐れがあり、むしろ撲滅を妨げることになる。淘汰では抑えられないほど蔓延がひどいときに限定して、使うべきとされている(大槻2004)。
実際、WHOによれば、1995年にメキシコでH5N2が発生したとき、20億ドーズ(1回分の注射量のこと)以上に及ぶ長年のワクチン接種の努力によってもウイルスは根絶されず、現在も弱い病原性で存続している。同じく、パキスタンのワクチン接種政策でも、ウイルスは根絶されていない。
また、WHOは低病原性であっても、H5やH7亜型が侵入した場合は、感染した鶏の淘汰などの積極的な防疫措置を奨めている。過去にアメリカのペンシルベニア州、メキシコ、イタリアで発生したときには、低病原性のウイルスが感染を繰り返しているうちに、致死率100%の高病原性ウイルスに変異しているからである(WHO2004)。日本では、H5やH7亜型のウイルスについては、弱毒でも防疫することになっている。
世界的な広がり
世界の発生は、1997年の香港(H5N1型)以降についてみると、オーストラリア(1997年、H7N4)、イタリア
(1997年にH5N2、1999年にH7N1)、香港(2002年、H5N1)、チリ(2002年、H7N3)、オランダ(2003年、H7N7)と続いてきた。2003年12月頃から2004年以降、H5N1型が韓国、中国、ベトナム、インドネシア、日本に、H5亜型がタイ、カンボジア、ラオスなど東アジア各国に拡大し、かつてない広がりをみせている。ベトナムとタイでは人に感染し、死者を出した。また、同年パキスタン(H7)、アメリカ(H5N2)、カナダ(H7N3)でも発生している。
WHOによれば、オランダで発生した2003年の鳥インフルエンザはドイツ、ベルギーに広がり、オランダでは飼養羽数の1/3に相当する約3000万羽、ベルギーでは約270万羽、ドイツでは約40万羽が淘汰された。さらにオランダでは89人に感染し、獣医師1人が死亡する事態になり、農家に防護服が配られた。
イタリアでは1999〜2000年にかけて、413か所で発生し1400万羽が淘汰された。農家の補償に6300万ドルが支払われ、産業全体の損害は6億2000万ドルに上った。また、最後の発生の4か月後にウイルスが弱毒化して再侵入し、さらに52件の発生をみた。
1983年のペンシルベニア州の発生では収束まで2年かかっている。1700万羽が淘汰され、6200万ドルの直接費用がかかった。間接的な費用は2億5000万ドルと推定されている(WHO2004)。
アジアでの広がりと撲滅の困難さ
2004年の東アジアでの発生は、きわめて広範囲に及んでいる(表1)。
韓国では忠清北道陰城郡のブロイラー 農家で、2003年12月15日にH5N1型の感染が確認された。2週間程度で韓国全土に蔓延したもようで、200万羽以上の鶏やアヒルが淘汰され、作業に軍隊が動員された(大槻2004)。
中国では、97年以来、香港で発生が続き、2003年に香港から福建省に里帰りした家族が死亡している。その5月には、日本に輸入された中国産アヒル肉からH5N1型が検出された。中国では、各種鳥類の間でウイルスが伝播するうちに、さまざまな遺伝子集合体ができているとみられ、今回の東アジアでの発生も中国から伝播した可能性が考えられている(大槻2004)。中国政府は2004年1月になって、蔓延を認めている。2月末までに、36県で1282件発生し、約662万羽が淘汰された(以下とも、発症数はOIEupdateより)。
インドネシアでは初発が12月上旬と推定され、2月初めまでに、11州57地区で127件発生し、470万羽が死亡した。ベトナムでは、2月までに、35県で1247件発生し、662万羽が淘汰された。
夏になっても発生が続いている。7月まで、ベトナムやインドネシアでは数件の発生が続き、タイでは7月、8月になって160件が発生し再燃している。北米大陸でも、アメリカで2月に弱毒型のH7N2や高病原性のH5N2が発生した。カナダでも2月に弱毒型のH7N3亜型が確認され、5月初めまでに40戸で発生し、120万羽が淘汰された。
このような広がりのなかで、H5N1型が人に感染し、タイで12人の患者が発生して、そのうち8人が死亡、ベトナムでは23人の患者で、18人が死亡した。また、カナダでも鶏の淘汰作業者が感染し結膜炎などの症状が出ている(WHOupdate)(表2)。
FAO/OIE/WHOは合同で専門家会議を開催し、世界的な監視の指針を定めた。さらにWHO(WHO2004)は、先進国の過去の小さな発生にも収束に数年を要したが、今回のアジアでの発生は過去40年の発生と比べてあまりにも範囲が広く、長期間の対応が必要になると警告した。
今回、アジアで発生した8割が小農家か庭先養鶏である。FAO/OIE/WHOは、東アジアでは庭先養鶏の密度が高いことが、防疫措置を困難にしていると述べている。
たとえば、中国では132億羽に上る飼養羽数の6割が庭先養鶏だといわれる。人や豚などの家畜と非常に密着した状態で飼われているため、これまでの防疫措置(野鳥の侵入防止、飼育を制御できる鶏舎、来訪者や器具・機材・車両の消毒、昆虫やネズミ類などのウイルスを媒介する小動物との接触の防止など)が困難である。
また、東アジアでは養鶏で多くの人々の生計が支えられているため、鶏の淘汰が困難である。資金の欠如も大きな障害であった。十分なインフラがなく、農民への補償金がないため、政府の勧告に従わせられない国があった(以上はWHO2004による)。アジアでの蔓延を防ぐには、このような問題への対応の協力が必要である。
日本での発生と防疫
日本では1925年(H7N7が発生)以来、79年ぶりの発生であった。2004年1月9日に山口県で養鶏場の鶏にH5N1亜型が確認され、2月16日に大分県で愛玩用のチャボ、2月27日に京都府の採卵鶏農場、3月3日に隣接するブロイラー農場で同じ亜型が確認された。それぞれのウイルスの遺伝子は極めて似ており、韓国で分離されたものに近く、ベトナムなどで分離されたものとは異なることがわかっている。国の感染経路究明チームは、朝鮮半島から、渡り鳥によって持ち込まれた可能性があると結論づけている(感染経路究明チーム2004)。
日本では早くから警戒措置がとられ、農場への情報提供、防疫マニュアルが作成され、山口と大分では初発点で制圧できた。京都の第2例は、第1例からの感染の可能性が高いとされるが(同上)、それ以上の広がりは抑えられた。
発生農場では、家畜伝染病予防法と防疫マニュアルにしたがって、すべての鶏の殺処分、消毒、半径30km区域での移動制限、制限区域内の疫学調査などの防疫措置が実施された。鶏の殺処分は27万5000羽に上った。防疫措置の完了後、一定の期間をおいて清浄性確認の検査が行われ、段階的に制限が解除される。いずれも、順調に22〜24日で解除され、収束した。
しかし、京都府の1例目では発生養鶏場の規模が大きかったため、防疫完了まで23日もかかっている。二十数万羽の鶏と糞の埋設処理は未曾有の作業であり、府や市町村の職員では人手が足りず、自衛隊に協力が要請され、多くのボランティアの参加もあった。
また、感染経路の可能性として野鳥の生息調査がなされ、カラスからH5亜型ウイルスが分離された。渡り鳥からも高率にインフルエンザウイルスが分離されているので、野鳥が飛来する池の水を鳥の飲水に利用することなどによって感染が広がることのないよう、注意が求められている。
事業者のコンプライアンス、リスクコミュニケーション
京都の発生養鶏場では、多数の鶏が死亡していたのに府に報告せず、生産日報の死亡鶏の数を改竄(かいざん)して、感染を隠そうとした。また、その間に鶏を兵庫県や愛知県の食鳥処理場に出荷していた。そのため、これら府県にも防疫措置が必要になったり、京都や兵庫の卵や鶏肉が出荷できなくなり、大きな損害を与えた。廃業した流通業者もある。発生農場では会長夫婦が自殺し、会社とその社長は、家畜伝染病予防法違反(届け出義務違反)の罪に問われた。8月に京都地方裁判所で有罪判決が下りている。事業者のコンプライアンス(法令遵守)に大きな課題を残した。
国は、迅速な対応がはかられるように、家畜伝染病予防法を改正して、届け出義務違反の罰則の強化、移動制限協力農家への助成、自治体の防疫事務の費用に対する国の負担の拡大をはかっている。また、同法に基づく殺処分に対する補助の他、鶏卵価値の減少や輸送・保管に対する補助を行っている。
卵や鶏肉については、感染の危険がないことが伝えられたが、スーパーマーケットの店頭から撤去されたり、学校給食での使用停止があいつぎ、消費者も「よくわからないから」と買い控えが進んだ。近畿地方では供給量が4割まで低下し、BSE発生時なみの風評被害が発生したことになる。リスクコミュニケーションにも、大きな課題を残した。
発生した府県では、危機管理対策、人獣共通感染症の予察体制の強化、農場や処理場の衛生管理やトレーサビリティのシステム導入などの食品安全対策を進めている。
また、高病原性鳥インフルエンザが発生した東アジア、北アメリカ、オランダなどの15か国からの鶏肉などの家禽肉の輸入が停止された。輸入量の7割弱、総供給量の2割弱に当たる量が減少したため、国民は食料自給率の向上を今まで以上に強く求めるようになっている。
(京都大学大学院 農学研究科教授 新山陽子)
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