人間にとっても野生生物にとっても有毒な合成化学物質は、今日の経済を混乱させることなく、その使用量を大幅に削減することが可能だろう。ワールドウォッチ研究所は、新たな調査研究を、ワールドウォッチペーパのNo.153でこのように報告している。
これら汚染物質の主な発生源である三つの業界−製紙・農薬・ポリ塩化ビニルに関して、市場で競争力のある価格でも、有毒物質を伴わない製造方法の選択は可能だということが証明された。
「有毒な製品はすでにみんなの生活に深く組み込まれているので、それらなしで生活してゆくことはできないと考えがちなのです」。ワールドウォッチペーパ『Why
Poison Ourselves? A Precautionary Approach to Synthetic Chemicals(なぜ有毒物質に囲まれた生活をしているのか?−化学物質への予防原則の適用)』の著者、アン・プラト・マギンはこう述べている。「私たちは自分自身を毒しているだけでなく、消費者としてそうした製品にお金を払っているのです。そうまでして、毒にさらされる必要はないわけです」。
報告の中でマギンは、商業ベースで利用可能な現実的代替策を、各産業界ごとに検討している。
*まず、製紙産業では世界の漂白された紙のうち94%が、ダイオキシンほか、数百もの危険な有機塩素を水中や土壌、そして紙製品自体に放出する塩素による処理工程を経て生産されている。
「塩素ゼロ」という、長期的には非常に低コストで済む方法が、十年前から利用可能であるのに、その導入は遅々としたものである。
*ポリ塩化ビニル(PVC)は、推定で2億5000万トンが使用されており、地球上で二番目によく使用されるプラスチックになった。生産、消費、そして廃棄のすべての過程で、PVCはおびただしい量の有毒副産物を放出する。しかし、事実上、PVCが使われているすべてケースでこれに代替できる物質がある。
*農民は今年の作付のために250万トンの農薬を使うだろう。現在の農薬は25年前に使われていたものより、10〜100倍も強力だ。しかしながら、統合的病害虫管理(IPM)技術を導入する農民の数は増加してきている。最も新しい報告によると、IPM技術による方法は、たいていの場合コストを減少させ、しかも収量を増加させる。この方法は、天敵などを最大限に活用したり、いくつかの作物を組み合わせたりして、農薬の使用を最小限にする病害虫防除の方法である。
12月には、国連の主催で120カ国が南アフリカに集まる。その毒性の強さから「汚い12種(ダーティー・ダズン)」として知られる化学物質を大幅に規制する国際協定のためにである。この12種の化学物質とは、9種類の農薬と2種類の工業生産過程からの副産物(ダイオキシン類とフラン類)、そしてポリ塩化ビフェニール類(PCBs)のことである。これらの化学物質は毒性が強く、残留性が高く、さらに生物濃縮されていくもので残留性有機汚染物質(POPs)とよばれている。
マギンはまた、こう述べている。「この規制協定は重要な意義ある一歩です。しかし、化学産業は、新たな化学物質を創り出すことには極めて積極的なのに、基本的な生産構造を変換することには極めて消極的になるのです。製造業者はこれまで、数万に及ぶ化学物を創りだしてきました。そして毎日3種類の新しい化学物質を導入しています。今回の協定は必要なものではありますが、もっと総合的な対策が必要なのです」
POPsの悪影響は、それにさらされてから発症するまでに長いタイムラグがあり、どの物質がどういう発症につながるのかを、特定するのが非常に難しい。
さらに、POPsの悪影響は範囲も広く、また今も増え続けている。発ガン性や生殖機能障害から、子供たちの知的発育障害、そして免疫機能の低下にまでわたる。人々の体内に取り込まれた有毒化合物全体のうち、約90%が動物性食品から摂取されたものだ。時には、世界保健機関の勧告する、一日のダイオキシン許容摂取量の30%を、マクドナルドのビッグマックのように一般的な食べ物が含んでいることもある。
この新しい調査研究は、PVCによってもたらされる障害の潜在的可能性に焦点を当てている。フタル酸化合物は、柔軟性をつけるために可塑剤としてPVCに添加されているのだが、そうしたPVC製品からは周囲の環境に絶えず漏れだしている。子どもたちは、おもちゃにしゃぶりついたり、ビニール製の床を這いまわったりするときに、これらの化合物を吸収してしまう。スウェーデンの研究者が最近報告したところによると、PVC工場で働く男性は、睾丸ガンの一種であるセミノーム(精上皮腫)を発病する危険にさらされており、その発病リスクは一般人と比べると6倍になる。
現在のPVC使用量すべてをまかなえる、費用効率の高い、実用可能な代替品は存在する、とマギンは主張する。PVC使用量の60%を占める建設業界についていうと、建物の外壁(サイディング)、パイプ類、ケーブルの絶縁体、床材、窓枠などは、非塩素系のプラスチックあるいは改良したアルミニウム・木材・鉄といった材質で代替できる。現在、輸送・建築・インフラ整備などのプロジェクトからPVCを追放している自治体もある。
製紙業は長い間、有毒汚染物質の発生源であるとみなされてきた。しかし、この業界の、いくつかの先進的な企業は、有毒物質を工程から一掃した生産設備を自社の標準としている。漂白工程を酸素、水素、そしてオゾンをベースとする方法に置き換えるメーカーの割合は増加してきている。この方法は塩素を使用せず、従ってダイオキシンのような有毒性の有機塩素を排出することはない。
農業分野では、有効性が実証されている代替農法を採用することができる。有機生産物の年間売上は220億ドルに達し、このマーケットに参入する農民は増大しており、彼らは完璧な無農薬生産を実行してきている。
有毒性物質排出について企業の関心を高めることでも、排出量を大幅に削減できる。たとえば、1989年、マサチューセッツ州は、化学物質の大手需要家に対して、有毒物質使用削減に関する、詳細な計画を作成するよう求めた。この計画の履行は、法的義務を伴わないものであったが、計画を作成した1000企業のうち、約80%が計画を実行したのだ。その過程で企業は、トータルで1500万ドルの操業コストを節減し、その一方で生産を三分の一増加させた。また、こうした新たな設備のある生産施設における排出物は、1990年から1997年の間に80%も減少した。
現行の規制のもとでは、リスクの大きい化学物質も、その有毒性が証明されるまでは規制が困難である。規制を求める側に立証責任を負わせる主義を改め、こうした問題に関しては、予防原則を採用するよう、マギンは政府に求めている。予防原則は「無害」「有害」に関する科学的不確実性に直面した場合、長期的、または取り返しの付かない不可逆的損害をもたらす原因となりうる経済活動を規制、あるいは禁止するものである。
「予防原則の採用は、私たちが未だ知り得ない化学領域があることを認めて、いわば保険証を取得する方法です」とマギンは述べている。「POPsの例で繰り返し見てきたとおり、実際に損害や障害が発生するまで、私たちが環境リスクを事前に解明できることはまずないのです。こうした中で、予防原則は、従来は規制を求める側にあった立証責任を生産企業側に移すことに他ならないのです」 (2000.12.1発表)
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