私たちが口にする肉やコーヒーや薬剤の量はますます増え、車の走行距離は伸び、人々は太り続けている。世界の消費はいまだかつてないほどの量に達しているが、その一方でいまだに安全な水を利用できない人が10億人以上いる。自然災害の被害はいっそう深刻になっているし、世界で多くの人命を奪っている下痢、マラリア、エイズはまだまだ撲滅にはほど遠い。ワールドウォッチ研究所が発行する『地球環境データブック2001-2002』は、このように報告している。
「先進国の消費主義的なライフスタイルが人々の健康のみならず、私たちの住む地球の健康をも蝕んでいることを示す兆候が増えている」と、ワールドウォッチ研究所研究員で『地球環境データブック』の責任者マイケル・レナーは言う。「世界にはまだそのようなライフスタイルを営む余裕もない貧しい人が多いが、最近は発展途上国の新興中産階級が先進世界の破壊的なパターンに追随している。肉とコーヒーの消費量が増えて、肥満が増加しているし、現在は世界の喫煙者の半分以上が途上国に住む」
国連環境計画(UNEP)とW・エルトン・ジョーンズ財団の支援で出版された今回の『地球環境データブック』十周年記念号は、消費者の飽くなき欲求を満たすことだけをめざす経済が、いかに人間と環境と経済の健康を蝕むかを描き出している。車への依存が強まれば地球温暖化が進むだけでなく、人々はすわりがちな生活になり、そのために肥満が増える。先進世界の病気を治療する薬を開発したほうがもうかるので、それよりはるかに犠牲者の多いマラリアのような病気のワクチンや治療薬を開発する重要な研究に資金がいかなくなる。企業化された大規模農場経営は狂牛病という、動物から人間に感染する恐ろしい病気を生み出した。
「新世紀の課題は、環境破壊を食い止めながら、過去50年間の経済成長を押し進めることだ。地球が病めば、遅かれ早かれ、経済は衰える」と言うのは、UNEPの理事クラウス・トープファーだ。「問題は、人類がより健全でより持続可能な未来を生み出すか、あるいはいま世界が環境と経済の崖っぷちに立っていることを知らずに落下していくかだ。『地球環境データブック2001-2002』に示されている統計的な実像が、この情報のギャップを埋めてくれることを期待している」
石油価格が15年ぶりの高値を記録した年、自動車の生産量もピークに達した。2000年、世界の乗用車保有台数は5億3200万台に達した。一方で、平均燃費は1980年代半ばのレベルから伸び悩んでいる。ブッシュ政権が京都議定書から事実上、撤退する直前、アメリカの自動車走行距離数は前代未聞のレベルに達していたのである。アメリカ国内の炭素排出総量は、1990年のレベルから13%増えている。
技術革新は急速に進んでいるものの、世界の産業用エネルギー使用量の90%は依然として化石燃料に頼っている。『地球環境データブック2001-2002』によれば、風力などの代替エネルギー源はまだ世界の総エネルギー使用量の1%でしかない。
「21世紀に暮らす私たちは、自分たちを洗練されたポストモダン社会の、テクノロジーに精通した国際人であると思いがちだ」とレナーは言う。「だが現実には、いまの電脳経済はまだ古いエネルギー源に頼っている。消費者が変化を求めないかぎり、メーカーは環境破壊的な製品をつくり続けるだろう」
公害度の高いプロセスによって生産されるガソリン、アルミニウム、ポリ塩化ビニル(PVC)プラスチックなどは、私たちの資源浪費の典型的な例だ。自動車やアルミニウム缶、子どもの玩具のような、ごくありふれた品物への消費者の需要が、このような産業を後押ししているのである。PVCが使われている製品のほとんどは代替品が使用可能であり、アルミニウムの再生に必要なエネルギー量は新たにボーキサイトを精錬する場合、品の生産のわずか5%だというのに、現在の生産方法を変えよというプレッシャーは、ほとんどメーカーにかけられていない。
食肉の需要も急激に増えている。1961年以降、世界で飼養される四足動物の数は60%増加し、鶏、鴨その他の家禽の数は42億羽から157億羽へと4倍に増えた。
家畜をもっとも早く成長させる方法であるフィードロット(舎飼い)生産は、土壌、大気、水質にとって大きな脅威になっている。アメリカでは家畜の出す排泄物の量が、人間の排泄物の130倍にのぼる。大規模フィードロットはおもに北アメリカとヨーロッパに集中しているが、ブラジル、中国、インド、フィリピンをはじめとする途上世界の都市近郊にも出現している。食肉の需要増加によって家畜への抗生物質投与も増えているが、それが原因で人間に抗生物質が効かなくなっているのではないかと言われている。
マラリアからエイズに至るまで、さまざまな病気を引き起こす細菌、ウイルス、寄生虫、菌類の薬に対する耐性が強まっている。人間の医薬品に使われている抗生物質の半分以上は不必要なものであり、それが細菌の抵抗力を高め、抗生物質に負けない細菌を広める原因となっている。
製薬業はいまや世界でもっとも利潤の多い産業の一つであり、1983年の1320億ドルから現在の3370億ドルへと急速に成長した。だが医薬品の大企業は、概して世界人口の多くを占める途上諸国の人々の健康を無視している。世界でもっともよく売れている薬はすべて、心臓病、高血圧症、消化不良、肥満症など、先進諸国に広くみられる病気の治療薬である。1975年から1997年までに発売された1233種類の医薬品のうち、熱帯の病気の治療薬と認められるものは13種類しかなかった。
このような変化を前にして、『地球環境データブック2001-2002』は現在の消費主義的ライフスタイルを変える、大きな力となるかもしれない、力強い一般大衆の運動をいくつか指摘している。
・ 投資の判断基準として、社会的責任を重視する人が増えている。アメリカだけでも社会的責任の基準にもとづいた良心的投資は、1984年の590億ドルから1999年の2兆1600億ドルへと増加した。
・ コーヒーの需要が増加し、2000年には10%増の710万トン、輸出額にして112億ドルに達したが、消費者の嗜好の変化がコーヒー豆の栽培方法を変化させている。大部分の豆は、生態学的に言えば熱帯雨林の皆伐に相当する、完全日向(full-sun)プランテーションで栽培されているが、消費者運動の高まりで、自然生息地の雨林と生物多様性を維持する伝統的な日陰栽培方法が復活している。現在、この“倫理的”コーヒーは市場でもっとも急速に成長しているセクターであり、およそ50万人の栽培業者が公正な価格と、栽培者とコーヒー農園労働者の公正な労働条件を保証するプログラムに参加している。
・ エネルギー需要の増加に対応し、カリフォルニアで起きているような電力不足を短期的・長期的に解決する方法として、代替エネルギー・セクターがかなり有望になっている。市場でのシェアはまだごく小さいが、世界の風力エネルギーの発電容量は1999年から30%アップし、太陽電池の生産量は43%増加した。
「『地球環境データブック2001-2002』を見ると、消費者が要求すれば、環境にやさしく社会的に責任ある生産方法を実現することは可能なのだということがわかる」とレナーは言う。「消費者の選択の力を過小評価してはいけない。よい選択をするか、悪い選択をするかによって、消費者は地球を救うことも、荒廃させることもできるのだ」(2001.5.24発表)
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