ワールドウォッチペーパーより
映画「ダーウィンの悪夢」でヴィクトリア湖のナイルパーチ(学名:Lates niloticus,ナイル・パーチ)が取り上げられ、注目を集めている。ナイルパーチとヴィクトリア湖に関してのWORLD WATCH PAPER No.128(1996.3)のレポート。
ビクトリア湖は、淡水魚で小さくて色鮮やかなカワスズメ科の宝庫であった。湖水面積は6万2千平方キロメートルに及び世界で二番目に大きい。
1954年、科学者たちの警告を無視するかのように、ナイルパーチという外来種の淡水魚が移入された。この魚は体長2メートル、体重200キロにまで育つ、いわば大食漢で在来種の小魚、カワスズメを大量に食べてしまうのであった。すでに200種の固有のカワスズメが絶滅し、残されたのは150種か、若干、それを上回る程度とみられるが、それも絶滅の危機に瀕している。ボストン大学の生物学者レス・カオフマンはこの状況を次の様に表現している。「これは科学者がつぶさに観察できる、脊椎動物の初の大量絶滅である」。
ビクトリア湖の伝統的漁業は小規模で、水揚げ後の流通は女性たちが担っていた。地産地消で、地元にタンパク質といささかのお金をもたらしていた。それが一転して、漁船も大型化し、海外市場向けに加工処理されるようになった。大きな資本が動いたのである。女性は生業を失い、またカワスズメというタンパク源も失った。ナイルパーチは地元の人の口には合わないようだが、何よりも輸出向けで高くて買えないのである。こうして、沿岸の3000万の住民にとっては経済と栄養の危機がもたらされた。
1970年代も終りに近づく頃、ビクトリア湖は急速に富栄養化する。同時に、ナイルパーチは爆発的に増加し、在来種の魚をかつてない勢いで食べ尽くし始める。そのすさまじさはケニアの漁業統計に現れている。ナイルパーチが漁獲量に占める割合は1976年にはまだ0.5%にとどまっていたが、83年には68%に達している。科学調査によれば、在来種は消滅に向かい、このナイルパーチが支配的な増殖を遂げたのである。
富栄養化がナイルパーチの激増の契機になったのか、激増したナイルパーチによって大量のカワスズメが食べ尽くされた結果、湖内の生態系がもつ浄化機能が破壊されて富栄養化がもたらされたのかは定かではない。いずれにせよ、かつては100メートルの深さでも十分の溶存酸素が認められていたが、富栄養化によって、40メートルの深さまでしか魚が生きれない状況になってしまった。さらに、溶存酸素の少ない深層の水が上に昇るという逆転現象がしばしば起り、魚を大量死させるようになった。ナイルパーチも、この現象から逃れることはできない。加えて乱獲され、また大量の魚を食べないと生存できないこともあり、ナイルパーチ自体も減少している。
ナイルパーチに限らず、人間が収益源として意図的に外来種を移入し、生態系を攪乱しているケースは世界各地でみられる。意図せず偶然、あるいは不注意で自然環境に放たれても同様の結果をもたらしている。
WWIのレポート
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