ワールドウォッチマガジンより
ノーベル平和賞授賞式が、ノルウェーで行われ、マイクロクレジット(無担保小口融資)と呼ばれる手法で貧困救済に努めた経済学者ムハマド・ユヌス氏(バングラデシュ)と、同氏が創設したグラミン銀行に、メダルと賞金1000万クローナが贈られた。以下、世界の「ミニ企業」について、ワールドウォッチ研究所のレポート。
(ワールドウォッチマガジン96年3/4月号より。)
世界経済に不可欠の雇用の場をこれから大々的に提供していかなければならないのは、そして地域の共同体や生態系と重要な関係を結んでいかなければならないのは、大企業の社長や政府の役人ではない。従業員が一人や二人、あるいは五人といった何百万社ものミニ企業である。
その部屋は、とても銀行の内部とは思えなかった。分厚いガラスの入った防犯用の窓もなければ、役員用の磨きこまれた机も顧客用の豪華な椅子もない。警備員もいない。訪れている客も、開業資金の融資の申し込みに来ているようにはみえなかった。誂えたスーツを着ているわけでも、2万円もするブリーフケースを持っているわけでもない。融資係との内々の約束の順番を待つ間も、名前を隠し目立たないように座っているということもない。それどころか、のんびりと大きなテーブルを囲んでいた。
その場にいた客は6人。全員アメリカに渡ってきたスペイン語を話す移民で、子供がいる。国際共同体支援財団(Foundation for International Community Assistance : FINCA)と呼ばれる非営利団体を担当する24才の融資係には、経験を積んだ銀行家という洗練された自信は見られなかった。この仕事は初めてだったうえ、ここは会社ではない。ある地域の賃借人組合の雑然とした貸事務所なのである。テーブルの上には、この場に似つかわしくない子供向けの漫画の登場人物のついたビニールカバーがかけてあった。バージニア州アレキサンドリアのある日曜日の午後、この町の一般の銀行は閉まっていた。
融資係は、申請者に計画を示すよう促した。まずローザという女性が5年ほど保育ビジネスをやっていると説明した。週に40時間の保育で、料金は子供一人につき100ドル。5人の世話をしているという。顧客を増やせるよう、おもちゃや本、椅子、テーブルの購入に1500ドルを必要としていた。サンドラという別の申請者は、借り手の大半が衣類や化粧品、名刺といった商品を販売するので、繁忙期用の在庫をより多く仕入れるために、クリスマス前に融資を受けることが重要だと語った。
事務手続きはさらに早く進められた。一般的な貸し手から融資を認められた申請者は一人もいなかったが、FINCAは一般的なルールで運営されているわけではない。各申請者が他の申請者の責任の一部を引き受けることに合意したあと、6件の融資すべてが認められた。この集まりはしまいには祝賀会となった。食べ物、飲み物、そして各々の小切手が承認されるたびに拍手喝采が沸き起こった。従業員が一人か二人の「ミニ企業」は、2つがすでに存在し、また新たに4つが誕生した。
このビルの外をトヨタやビュィックで走りすぎるドライバーたちは、中で行われている一風変わった取り引きのことは知らなかった。企業の所有者など一般の労働者にはますます手の届かない存在だという考えに慣れている大衆にとって、確実な抵当もなしに開業の融資を受けるチャンスなど、信じられないかもしれない。しかし、野心のある企業家が貧困から抜け出そうとしても、貧しいが故に融資に必要な信用が得られないという悪循環を断ち切るものとして、このような機会は、援助を求めている人々にとっては絶対に必要なものだろう。そうでなければ、このような人々は世界経済から利益を得ることはほとんどない。
駆け出しの融資係がやったことは、途上国の村落であろうと合衆国内の都市であろうと、貧しい人々にも事業用に信用貸しをしようという動きの一端である。12年前にボリビアで始まったFINCAの使命は、通常のルートでは財政援助の受けられない人々に財政援助を与え、また、債務不履行を極端に恐れたり施しに依存しすぎることなしに、新しいミニ企業を軌道に乗せる方法を提供することである。
もちろんこれらのちっぽけな企業は、先進国の市民がビジネスという言葉から思い描く会社とは著しく対照的である。常に目にする広告、政府相手のロビー活動や取り引き、ニューヨークや東京の証券取引所での成果など、われわれの注目を集めるのは大企業である。たとえば、世界の上位企業500社が、世界の経済生産高の25パーセントを動かしている。しかしその500社は、世界人口の1パーセントの20分の1を雇用しているに過ぎない。多くの人々が生活の糧を得ているのはより規模の小さな企業である。しかしその多くは、小規模すぎて自国の政府でさえほとんど注意を払っていない。
世界の貿易や雇用をある程度まで本当に支えているのは、世に知られることのない多数の小企業である。彼らは、小さな土地を耕し、食物を調理し、子供たちに日々の世話を施し、陶器の壷やわらのマットを手作りし、服飾メーカーのために賃仕事をし、大企業がやらないその他諸々の数え切れない仕事をこなしている。発展途上国の都市では、ミニ企業の仕事に従事する労働人口の割合が、時には50パーセントにまで増加している。アフリカ南部の7ヵ国では、登記していない小規模な企業が、合法的な「正式の」企業をはるかに上回る仕事を提供しているという証拠がある。ラテンアメリカやカリブ海諸国では、5000万社以上のミニ企業が1億5000万人以上の労働者を雇用している。アメリカのような豊かな国でさえ、全労働者の4分の1以上は、従業員20人以下の会社で働いており、これらの企業は、アメリカの全企業の87パーセントを占めている。
このような企業の仕事は、住宅の供給や農業といった必要不可欠なものから娯楽や旅行といった贅沢なものまで、人間活動のあらゆる分野を網羅している。世界の多くの場所で、ミニ企業は、従業員がたった一人で経営者を兼ねていたり、本来は従業員ではない家族の労働によって利益を得ていること場合が多い。豊かな国では、ミニ企業も従業員が10人ないしは20人に増えるかもしれないが、競争相手に比べれば以前として小規模である。しかし世界全体を見ると、これらの企業に共通するのは、資金へのアクセスが乏しいということである。弁護士や会計士の援助を受けることほとんどなく、小売りの場を得ることもできない場合が多い。そして大半は、企業としての法的な登記さえされていない。
その結果、これらの企業は、時間外労働や過労、傷害や疾病などに対して、大企業や正式に登記された企業ならば提供されるであろう保護制度を持たないところが多い。労働の大半は単調で退屈なものである。ノーベル賞を受賞したリゴベルタ・メンチュ (Rigoberta Menchu)は、1983年、グァテマラでの子供時代に自分の家族や村の隣人たちがやっていた時間給労働のことを書いている。「豆は少しだけ栽培していたが、わたしたちの食べ物ではない。すべて売りに行くのだ。町までは、ほぼ一日がかりの道のりを、背中に豆を背負って歩かなければならない。わたしはたいてい20キロぐらいの豆やトウモロコシを家から町まで運んだ。買う物があるときはトウモロコシもよく売った。母親が町に行くときは、隣人全員に大きな声で「市場に行くよ」と声をかける。すると皆は、「石鹸を買ってきて」とか「塩を買ってきて」とか「トウガラシをお願い」と言う。そしてどれくらい買うのかを伝える。ものを売るときも同様である。私の村の人達は、麦わら帽子用にわらを編んだものやゴザを作ったり、布を織ったりしていて、週末になると、誰か一人が売りに行くことになっている。」
一方で、世界の多くの地域に富をもたらしてきた大企業は、その他の場所には富を与えてこなかった。アフリカのほとんど全域や南アジア、東南アジアの大部分はそれが最も顕著である。このような企業は、最貧国で成功するような、別の形のビジネスで補完されていくべきだろう。ミニ企業にはそれが可能だった。
ひとつには、規模が大きく機構も複雑で、建物に縛られた企業に比べ、ミニ企業は柔軟性と可動性に優れている。家族の世話をしなければならない人々に時間給労働を提供し、作物を収穫しなければならない土地で季節労働を提供する。資本も事務所のスペースも、開業までの時間もほとんど必要としない。僻地でも操業可能で、急激な都市化を抑制している。ミニ企業での仕事は、移民や公民権を剥奪された人々など、夜間の副業や仕事の分担が必要な人々が利用しやすいものである。そして女性が経営するケースも、少なくとも男性とほぼ同数であり、世界的な男女不平等の逆転に一役買っている。
また、巨大なインフラストラクチャープロジェクトのために政府に巨額の融資を行い、貧しい国に開発をもたらす、という従来の戦略に代わる方策をミニ企業は示している。プロジェクトに基づいたそのような開発には、草の根の活動家の非難が高まっている。彼らは「開発プロジェクトは、地域の人々のためになる以上に、大手の建設業者や中央政府を潤す場合が多い」と語る。と同時に、規模の小さい地元産業への投資が増えれば、はるかに少ないコストで、経済的、社会的利益が得られるはずだと主張する。彼らの視点は、「多くの名もない人々が多くの名もない場所で行ったたくさんの名もない行為が世界の情勢を変えるだろう」という中国の古い諺に表われている。
【challenge】21世紀を動かすミニ企業《2》(中編)はこちら
WWIのレポート
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