人類はいかなるレベルの大気中濃度を目指すべきなのであろうか。判断材料を提供する科学は、常に進化している。しかし、重要な政治的立場や議論の多くは、依然として許容可能な上限値をおよそ450ppmと見なしている。これは、気温上昇を現在の水準から1.25℃(産業革命以前の気温をベースとすれば2℃)に抑制することを理論的に意味している。しかし、アメリカ航空宇宙局(NASA)で最も権威ある気候科学者、ジェームス・ハンセンは、最大でも350ppmに抑えなければならないと断言する。「人為的な地球温暖化に対して、人類は緊急に緩和努力を傾注しなければならない」と訴える。ハンセンをはじめとする複数の科学者は、広く引用される『2008年レポート』の中で、「人間活動に起因する環境負荷によって、テッピング・ポイント[閾値:これを超えると、その後に気候システムを冷却できても、諸変化は反転しない]を超え、気候変動が私たちの手に負えなくなる危険性が高い」と警告している。南極とグリーンランド氷床の融解が進み、さらに北半球の永久凍土地帯の気温が上昇しメタンガスが放出され、こうした変化が引き金となり、次々と生態系の攪乱が大規模に発生するリスクが極めて高い。
オーストラリア、マッコリー大学の生物学者であり環境活動家でもあるティム・フラネリーは、「私たちは、IPCC第3次評価報告書に記された最悪のシナリオへ突き進みつつある。つまり、排出量がこのまま増え続ければ、壊滅的な気候変動は避けられないということだ。温暖化、海面上昇などの主要な指標がそれを示している」と警告する。
ハインツ・センター所長の生物学者トマス・ラブジョイも、「海洋においてはサンゴ礁の白化現象、陸域に目を転じればマツクイムシによる大量の針葉樹の立枯現象など、急激な変化を目の当たりにしている。わずか0.75℃の気温上昇で[対産業革命以前比]、すでにこれだけの変化が起きているのだ。大気中濃度450ppmでは、気温は2℃上昇する。つまり、350ppmを超える大気中濃度を抑制目標にするのは、大きなまちがいである」と話す。2008年、国連環境計画(UNEP)のアヒム・シュタイナー事務局長は、大気中濃度を引き下げるために生態系を強化するべきだと訴え、「人間社会のエネルギー・ベースを見直すことはもちろん重要だが、生物多様性を修復し、炭素を吸収・貯留することで、大気中から二酸化炭素を取り除くことができ、大きな成果をもたらすはずである」と記している。つまり、ジオ・エンジニアリング(地球エンジニアリング)の必要性を求めているわけだ。
オハイオ州立大学炭素管理・隔離センター長の土壌学者ラッタン・ラルによると、農業の歴史が始まって以来、土地利用により約4780億トンの炭素が放出されており、一方、1750年[温室効果ガスと気温上昇の主要基準時点である「産業革命前」とされる年]以降、化石燃料の燃焼にともなう今日までの累積炭素排出量は約2920億トンである。したがって、「地球上の炭素を再固定すれば、技術的には最大4780億トンの炭素を隔離するポテンシャルがある。その最大ポテンシャルのうち40%〜50%を森林、土壌、湿地に貯留するだけでも、平均的な数値として2000億トンの炭素が隔離され、今後40年〜50年で温室効果ガスの大気中濃度を約50ppm引き下げ、21世紀末までにさらに大幅な削減が可能となるだろう」とラルは述べている。
ラルは、光合成サイクルにより、大気中の炭素を吸収し、何らかのかたちのバイオマスとして固定するポテンシャルは、世界全体で年間1200億トンあると見ている。「実現が容易で、しかも大きな可能性を秘めている」とラルは指摘する。適切な土地管理方法を導入することで可能となる年間の炭素隔離量は、耕地で6億〜12億トン、放牧地で5億〜17億トン、劣化地(荒廃地)で6億〜17億トンとなり、合計すると数十年で相当量の炭素隔離が期待できる。ハンセンら科学者は、「同様に、森林減少を2030年までに食い止め、かつ大規模な再植林を行えば、年間最大で16億トンの炭素を隔離するほどのポテンシャルをもっている」と強調する。
リッチ・ブラウステイン(Rich Blaustein)
*ワシントンを中心に活動する環境ライター。
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