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◆はじめに
ドイツ連立政府与党は、2011年5月29日、国内の原子力発電所17基を順次停止し、2022年までに、全て廃止する計画に合意した。福島原発事故を受け止め、化石燃料依存度を高めずに、原発廃止を早める方向に確実に動き出したのである。エネルギー転換のための費用負担など、解決すべき課題はあるが、基本的にはエネルギー効率改善と自然エネルギー(注1) への投資を増やすことによって、原子力と気候変動リスクに立ち向かう戦略である。
(注1)本稿では「自然エネルギー」と「再生可能エネルギー」を同じ概念として表記している。
ドイツでは90年代初めまでは、自然エネルギー産業がまったく存在しないも同然で、しかも他の多くの国に比べて、自然エネルギー資源の賦存量は豊かではなかった。それから10年もたたないうちに、自然エネルギーのトップランナーになったのである。2000年にはドイツの電力中、自然エネルギーの占める割合は6.3%強、2010年には17%となり、2020年までには35%、2040年には65%にしようとしている。ドイツの経験から、「明確に方向性を打ち出して、効果的な政策を施行すれば、急速な変化が可能であること」がわかる。ただし、これらの変革のきっかけには、地域からのボトムアップの消費者運動や市民運動があったことも銘記する必要がある。たとえば、自然エネルギー普及のきっかけとなった固定価格買取制度は、アーヘン市の制度がモデルとなったのである。
さらに、その背景には、環境と経済に関する成熟した社会的な議論が展開され、90年代初頭から、「エコロジー的近代化論」に基づき、環境分野への戦略的投資により技術革新、経済成長、雇用創出を目指す政策が導入されてきたことがあげられる。
エコロジー的近代化論とは、近代化・合理化の帰結として発生した環境問題を、社会システムの政策的革新により解決しようとする思想である。その政策的枠組は、環境規制の強化、環境税導入、グリーン消費行動促進、環境に配慮した技術革新の促進が提唱され、これらの政策実現のために,政府・企業・市民の間の合意形成を重視する。ドイツでは、積極的な環境への投資や規制枠組みにより自然エネルギーの拡大や雇用拡大を図る取り組みを、着実に積み上げてきたのである。
福島原発事故は、原発に依存する電力大量消費・大量供給社会のもろさを露呈し、その安全性と経済性の根本的な再検討を求めている。事故から汲み取るべき教訓は、技術的課題のみならず、電力供給システム全般、エネルギー安全保障や気候変動政策にも深く関わり、エネルギー・環境・資源政策を統合的に考えることが必要である。
政府は福島原発事故を契機とし、エネルギー基本計画をはじめ、既存のエネルギー政策の根本的な見直しを行うことを表明している。はたして、「21世紀型のエネルギー・電力供給システム」への移行ができるかどうか、注視したい。
以上のような観点から、本稿ではドイツの気候・環境戦略の最近の動向を紹介する。とりわけ地球温暖化防止の長期目標達成のための戦略と、脱原発政策の動きを検討する。その上で、福島原発事故後のエネルギー・環境政策への示唆を考察する。
◆1.エコロジー的近代化論とドイツの環境政策
ドイツでは1990年代初頭から、「エコロジー的近代化論」に基づき、環境分野への戦略的投資により技術革新、経済成長、雇用創出を目指す政策が導入されてきた。
エコロジー的近代化論は、持続可能な発展を近代化の新たな段階としてとらえ、近代化・合理化の帰結として発生した環境問題を、社会システムの政策的革新によって解決しようとする思想である(注2) 。エコロジー的近代化を実現する政策的な枠組みとしては、環境規制の強化、環境税の導入、グリーン消費行動の促進、環境に配慮した技術革新の促進、積極的な環境外交の展開が提唱され、これらの政策実現のために,政府・企業・市民の間の合意形成が重要であるとする。
(注2)最近のエコロジー的近代化論に関する議論については、
Mol, A.P.J., Sonnenfeld, D.A., & Spaargaren, G. eds, “The Ecological Modernisation Reader”, Routledge, 2010を参照。
このような発想から、ドイツでは今でこそ世界の潮流となっているグリーン・ニューディール的政策を先取りし、積極的な環境への投資や規制枠組みにより、自然エネルギーの拡大や経済発展を図る取り組みが、今日まで積み上げられてきた。
◆2.ドイツの気候変動政策の歩み
ドイツではすでに1990年11月に当時のヘルムート・コール首相(キリスト教民主同盟)のもとで、「エネルギー起源のCO2の排出を、87年比で2005年までに25%削減する」という削減目標を閣議決定し、さらに92年にはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の国内版に当たる「地球規模の環境変動についての科学者委員会(WBGU)」を設置している。地球サミット以前から、地球温暖化対策の明確な目標と組織をつくり、対策を始めていたのである。
ドイツでの温暖化対策に弾みをつけたのは、自然エネルギーの固定価格買取制度(FIT)を世界で最初に導入したことである。「固定価格買取制度」とは電力送電事業者に対し、自然エネルギー電力発電事業者が発電した電力をある価格で一定期間買いとるよう、法律等によって義務づけるものである。この制度の導入と適用によって、風力や太陽光の大幅な普及をもたらした。
その発端は、1991年に電力供給法が導入され、風力発電設備から発電された電力を電力会社に買い取ることを義務づけたことにある(電力買取補償制度)。これが、風力発電の爆発的な普及のきっかけなった。その後、2000年に再生可能エネルギー法が制定され(2004年に改正)、電力会社による買取義務が継続されるとともに、買取単価が20年間の固定価格として保証され、本格的な固定価格買取制度が導入されたのである。
さらに1998年には、社民党と緑の党の連立政権(赤緑連合政権、シュレーダー首相)の発足により、政権公約に基づきエコロジー税制改革が導入された。これは環境税(エネルギーなどへの課税)の引き上げによって環境負荷を削減し、さらに税収を年金財政補填として年金保険料の減額にあてることよる雇用コストの引き下げを通じて、雇用促進をするものである。環境負荷削減と雇用促進の同時達成を目指した税制改革であるといえる。シュレーダー政権は、「エネルギー税率を2000年から2003年まで毎年引き上げる一方、年金保険料率は毎年引き下げる」というドイツ版エコロジー税制改革を、1999年に導入した。
2000年10月には脱温暖化政策の総合的なプログラムとして「国家気候保護プログラム」がまとめられ、2002年には中期目標として「2020年までに温室効果ガスを90年比30%削減する。EUが30%削減を約束し、他国も同様の野心的な目標を受け入れる場合は40%削減する」ことを掲げた。
2002年4月にドイツ政府は、環境政策統合(注3) を推進するための指針として、「国家持続可能な開発戦略」を策定した。この戦略では、持続可能な開発を部門別横断課題と捉え、エコロジー的・経済的・社会的目標を統合することを通じ、世代間公平、生活の質向上、社会的結束、国際的貢献を果たそうとしている。
(注3)「環境政策統合」とは、持続可能な発展を実現するために設計された政策原則であり、環境に関する目標と環境配慮を、他の分野(たとえばエネルギー、運輸、農業など)の政策決定と計画に統合することであり、持続可能な開発を実現する上で鍵となる政策である。詳しくは、松下和夫、「持続可能性のための環境政策統合と今日的政策含意」、環境経済・政策研究、Vol.3, No.1, 2010年参照。
具体的には、伝統的な環境保護の計画にとどまらず、環境政策統合を主な内容とし、公共政策への環境的価値の統合を重点課題としている。すなわち、持続可能な開発が環境政策統合の観点から再定義されており、公共政策のグリーン化を通じて、環境と経済の統合を促す仕組みを構築していることが評価される。持続可能な開発の課題として、世代間公平、生活の質、社会的結束、国際的責任という4つの柱をすえ、それらを具体化するため、12の指標の数値目標と目標達成時期が明示されている。このような計量的指標体系が、ドイツにおける持続可能な発展を達成するプロセスを、定量的に管理することを可能にしているのである。
2002年には自然エネルギーに関する所管が、経済省から環境省に移管され、気候変動政策の責任が環境省にあることがさらに明確にされた。その後連立政権の構成は変わったが、現在の保守中道連立メルケル政権においても気候変動政策と持続可能な開発への基本的な方向性は継続されている (注4)。
(注4)ただし、2005年に発足したメルケル政権では、エネルギー税制の段階的引き上げは実施されなかった。また、後述の「新エネルギー戦略」において、既存原子力発電所の稼働期間を平均12年延長することを提案したことから、これに反対する野党(社会民主党、緑の党、左派党)と、厳しく対立することになった。
◆3.緑の成長を目指す「統合エネルギー・気候政策パッケージ」
現在のドイツ政府の気候変動政策体系の中心は、2007年に決定された2020年目標(1990年比−40 %)(注5) と、それを実現するための「統合エネルギー・気候政策パッケージ」(2008年採択)に基づく政策である。2009年の温室効果ガス排出量の実績は、1990年比 28.6 %減であり、京都議定書の第1約束期間の削減目標(-21%)の達成は確実な状況である。ただし、2020年の中期目標の達成に向けて、政策パッケージでは今後毎年約2.5億トンのCO2排出量削減が求められる、としている。
(注5)EUの30%削減目標は他国が同等の努力をするとの条件付きであるが、ドイツの現在の目標には、この条件は付けられていない。
気候政策パッケージは、〈1〉安定したエネルギー供給の確保、〈2〉経済性の確保、〈3〉環境負荷の低減、の3つの目標の同時達成を意図したものである。この政策パッケージの推進によって、ドイツの経済的な競争力を高めること、そしてエネルギーの海外への依存度を低減させることも、重要なポイントとしている。
政策パッケージでは29項目の政策手段が列記されている。その中の5つの柱は、〈1〉目標達成への明確な見通しと条件を設定する「法的拘束力のある枠組み」、〈2〉事業立ち上げ支援のための「資金的支援スキーム」、〈3〉環境目標の達成を保証する「規制」、〈4〉自然エネルギーの技術開発のインセンティブを提供する「FIT(固定価格買取制)」 、〈5〉エネルギー節約を促進する「情報戦略」、である。
表1は、主な対策の費用と便益を示したものである。これによると、多くの対策において、省エネによる費用節約が対策コストを上回っている。2020年における対策費用の総計は310億ユーロに対し、節約される化石燃料エネルギーの費用は363億ユーロとなっている。また、二酸化炭素1トンあたりの削減費用は−26から−36ユーロ(すなわち、対策による便益が費用を上回る)と見通している。
表1「統合エネルギー気候政策パッケージ」における主な対策の費用と便益(2020年時点)
出典: Fraunhofer ISI (2007)
対 策
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対策費用
(億ユーロ/年)
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化石エネルギー節約費用(億ユーロ/年)
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CO2削減費用(ユーロ/t-CO2)
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コ−ジェネレーション
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0.03
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-3.0
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12.9
|
自然エネルギー(電力)
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55.5
|
42.0
|
27
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エネルギー管理システムおよびエネルギー/気候
支援プログラム
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23.0
|
32.0
|
-90
|
省エネ製品(家庭/産業)
|
2.1
|
42.0
|
-2,66
|
省エネ政令
|
84.3
|
103.0
|
-47
|
夜間蓄熱設備の転換
|
10.5
|
9.0
|
23
|
建築物のCO2削減 近代化プログラム
|
24.3
|
32.0
|
-58
|
社会インフラのエネルギー効率化改修
|
4.9
|
2.6
|
1,63
|
自然エネルギー(熱)
|
44.2
|
35.0
|
77
|
連邦建築物のエネルギー効率化 改修プログラム
|
0.6
|
0.8
|
-38
|
乗用車のCO2削減戦略
|
64.4
|
87.0
|
-1,28
|
バイオ燃料
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0.0
|
-10 〜 20
|
84〜168
|
合 計
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310.0
|
363.0
|
-26(-36)
|
出典: Fraunhofer ISI (2007)
2020年に40%削減の目標達成を目指してこの政策パッケージを実施することにより、温室効果ガスの削減に加え、経済面でもプラスの効果が予測されている。すなわち、少なくとも50万人の追加的雇用が創出され 、約220億ユーロ(2030年には約 380億ユーロ)の化石エネルギーの輸入代金が節約される。また、GDP は毎年約200億ユーロ増加し、国の財政赤字は気候保護政策がなかった場合と比べると、2030年には約1800億ユーロ削減されると見通されている(注6) 。
注6)以上はドイツ環境省気候・エネルギー政策課Dr. Simon Marr 提供資料(2010年
9月17日)による。
このように、ドイツ政府はEUの中期目標を受け、2020年までに90年比40%削減を掲げ、「統合エネルギー・気候政策パッケージ」による、関連する全てのセクターを包含した多様な対策を組み合わせることによって、温室効果ガスの約34%の削減を見込んでいる(ただし、40%削減目標達成のためには、まだ6%のギャップがある)。対策による便益は費用を50億ユーロ上回り、雇用の拡大や、エネルギー安全保障の強化など、様々な社会経済的なメリットを生み出すことが見込まれている。
以上、概観したように、ドイツの気候・環境政策は、経済政策やエネルギー政策との政策統合・調整が図られ、長期的なビジョンのもと、法的拘束力のある枠組み、財源の裏づけと適切な規制、自然エネルギーの固定価格買取制、国民に対する適切な情報的提供をもとに進められている。
この背景にはエコロジー的近代化論を基盤とした、「良き気候保護政策は、良き経済政策」との考えがあり、この考えから、政治戦略・経済戦略との統合が図られているのである。具体的には、CO2に価格を付けて、化石燃料の価格を段階的に上げることによって、再生可能エネルギーの普及を促進し、化石燃料依存を減らし、エネルギー輸入コストの低減とエネルギーセキュリティの確保につなげている。また、環境・エネルギー技術の開発を促進し市場を創出することによって、新たな雇用を創出するとともに、国際競争力の強化につながるのである。
◆4.2050年までのロードマップ:「新エネルギー戦略」(エネルギー・コンセプト)
ドイツ政府は、2010年9月28日に「新エネルギー戦略」(注7) を閣議決定した。これは2050年までの気候保護政策の長期的な目標を示し、その実現に向けたロードマップとしての総合的戦略と、その包括的実施の方向を示したものである。この戦略は、メルケル政権が脱原発の加速化への政策転換をしたことから、大幅な見直しが必要となるが、今後の検討の基盤となるので、やや詳細に紹介する。
(注7)ドイツ語では、Energiekonzept。
2050年までの温室効果ガス削減の長期な目標としては、2020年に1990年比40%、2030年に55%、2040年に70%、2050年に80%の削減を設定している(表2参照)。新エネルギー戦略では、これらの目標が達成可能であるばかりでなく、緑の経済成長、より多くの雇用、成長市場における競争力優位の確保、エネルギー輸入量の削減、国民の厚生水準の向上につながるとしている。
表2 新エネルギー戦略における気候保護目標値
|
2020年
|
2030年
|
2040年
|
2050年
|
温室効果ガス排出量削減目標
(対1990年比)
|
▲40%
|
▲55%
|
▲70%
|
▲80%
|
最終エネルギー消費に占める自然エネルギーの割合
|
18%
|
30%
|
45%
|
60%
|
総電力消費量に占める自然エネルギーの割合
|
35%
|
50%
|
65%
|
80%
|
一次エネルギー消費量
(対2008年比)
|
▲20%
|
|
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▲50%
|
平均年率2.1%のエネルギー生産効率の向上を要する
|
電力消費量(対2008年)
|
▲10%
|
|
|
▲25%
|
建築物の改修率
|
現在年率1%以下となっている全ての既存建物に対する改修率を年2%へ倍増
|
交通部門の最終エネルギー消費量(対2005年比)
|
▲約10%
|
|
|
▲約40%
|
(出典)「独エネルギー・コンセプト」
(Energiekonzept、www.bmwi.de, www.bmu.de, 2010年9月28日閣議決定)
新エネルギー戦略の目的は、環境負荷が少なく、信頼性の高い経済的にも成り立つエネルギー供給のためのガイドラインを示し、自然エネルギー時代への道筋を示すことである。将来のエネルギー・ミックスでは、自然エネルギーが主要部分を構成し、在来型のエネルギーは、今後のエネルギー・ミックスの発展段階において、継続的に再生可能エネルギーに代替されていく。注目すべき点は、原子力は、これらの目標を達成する発展段階における、「橋渡し技術」として位置づけられていたことである(原子力発電を巡る議論とその後の展開については後述する)。
電力分野において、自然エネルギーの拡充は、エネルギー効率の向上・電力系統網の拡充並びに新たな蓄電技術の開発と平行して取り組まれることになる。これらの取り組みを通じて、産業界及び消費者にとって、経済的で安全かつ環境負荷の少ないエネルギー供給を確実なものとすることを目指していたのである。
◆5.新エネルギー戦略の主要行動領域
新エネルギー戦略の主要行動分野は以下の9分野である。
[1]将来のエネルギー供給の要としての自然エネルギー
[2]エネルギー効率向上
[3]原子力及び化石燃料を使用する発電所
[4]効率的な電力系統網と再生可能エネルギーの接続
[5]住宅・建築分野の省エネ改修・建築
[6]輸送分野における挑戦
[7]イノベーションと新たな技術のためのエネルギー研究
[8]欧州及び国際的な文脈でのエネルギー供給
[9]受容性と透明性
以下は、[1]から[5]までの主要なポイントである。
★[1]将来のエネルギー供給の要としての自然エネルギー
自然エネルギーは、将来のエネルギー供給の主要な柱であり、2030年までには最終エネルギー消費量の30%、2050年までには60%、2030年までには総電力発電量の50%、2050年までには80%が目標とされている(表2参照)。再生可能エネルギー法に基づき自然エネルギーの拡充を継続すると同時に、イノベーションと費用低減を促す働きかけを行う。再生可能エネルギー法はより市場に即したものとし、自然エネルギーの拡充を更に進める。再生可能エネルギーの割合の増加とともに、従来エネルギーを含めた電力系統、蓄電設備、それらのネットワーク等の最適化を図る。
緊急行動計画の一環として、洋上風力発電に関する法令を改正し、洋上発電の技術的なリスクをよりよく把握する。そして洋上風力発電パークの最初の10施設の早期の建設を促進するため、独復興金融公庫(KfW)が、2011年に融資総額50億ユーロを提供する特別プログラム「オフショア風力エネルギー」を開始する。
★[2]エネルギー効率向上
エネルギー節約及び節電には、多大の潜在的可能性がある。この可能性を経済的インセンティブの提供と、情報発信、コンサルティング・サービスの充実により顕在化させる。
エネルギー生産性を今後年平均2.1%向上させ、1次エネルギー消費量を2020年までに20%、2050年までに50%削減する。また、電力消費量を2020年までに10%、2050年までに25%の削減を目指す(表2参照)。さらに、エネルギー・サービス市場を重点的に支援して発展させる。
エネルギー管理システムの実施状況に応じて、産業への税制優遇措置を実施する。具体的には、エネルギー税及び電力税に関し、2013年からは企業がエネルギー・マネジメント・システム(EN16001,ISO50001)を導入し、エネルギー節約に寄与した場合のみ、税制上の優遇を認める。
連邦経済技術省は、年間5億ユーロの省エネ効率ファンドを設置し,連邦環境省と調整の上、消費者、中小企業・産業、地方自治体が実施する、特定の省エネ活動に対する財政的援助を行う。
連邦環境省の国家気候保護イニシアティブに、2011年より追加的に年間2億ユーロの予算が措置され、この執行は連邦経済技術省との調整により定められる。
★[3]原子力及び化石燃料を使用する発電所(原子力の扱いについては後で詳述する)
国内17箇所の原子力発電所の稼働期間は,平均で12年間延長する。原子力発電所の稼働期間が延長されることにより、自然エネルギー及び省エネ関連事業への投資促進予算が確保される。2016年までの時限措置である核燃料税に加え、稼働期間延長からもたらされる追加的利益からの負担(課徴金)に関する取り決めが、原子力発電所運営事業者との間で行われている。新規に導入される核燃料税及び追加的な課徴金は、原子力発電事業者の追加的な利益の大半の支払いを求めることになり、このことで、稼働期間延長よって、原子力発電事業者が経済的に優位な立場に置かれることを防止する。
今後、エネルギー・ミックスにおいて、石炭の役割は縮小し、2020年には30%、2030年には20%となる。
★[4]効率的な電力系統網と再生可能エネルギーの接続
自然エネルギーの拡充には、伝統的なエネルギーとの調和と最適化を図る必要があり、電力系統のインフラと蓄電技術が重要な役割を果たす。
特に緊急な取り組みが必要とされているのは、北部の風力発電パークからの電力を、南部及び西部の人口密集地域に送る南北の送電線である。
また、将来的に必要とされるインフラの需要を導き出すため、連邦政府は2011年に既存の系統及びエネルギー送電網拡充法によって示されている需要を基に,インフラ拡充を目指す「電力系統拡充目標2050」を策定する。これは、既存の電力系統の拡充、オーバーレイ・ネットワークの計画及び実証試験用送電網の検討、洋上における北海電力系統及びクラスターの形成、独電力系統網の欧州ネットワークへの接続を含む。
「スマート・グリッド」は、将来的に、発電施設・蓄電施設・消費者並びに電力系統網を近代的な情報技術により管理する。インテリジェントな電力系統網の構築のため、スマート・メーター並びに発電施設、蓄電設備、消費者及び電力系統運営システムのコミュニケーション・ネットワークと管理手法の導入に向けた、法的な土台を構築する。
★[5]住宅・建築分野の省エネ改修・建築
住宅・建築物部門はドイツの最終エネルギー消費の約40%を占め、CO2排出の約3分の1を占める。2020年までに建築物からの熱需要の20%、2050年までに80%の削減を目指す。
2050年までに、ほぼ100%の建築物のゼロ・エミッション化を目指し、長期的に建築物の熱需要を削減する。そのため,現在年間で1%の割合でしか行われていない既存の建築物の省エネ化のための改修工事の割合を、年間2%程度まで上昇させる。
建築物の保有者が早期に目標値を達成した際には、政府からの助成を得ることができる。さらに、既存のCO2建築物改修プログラムに加えて、改修の促進に向けた新たな税優遇を導入する。
建築物における自然エネルギーの拡充に対しては、追加的に年間2億ユーロの予算が措置され、市場インセンティブが継続される。また、建築物の改修に対する特別税控除を検討する。
★6.橋渡し技術としての原子力エネルギー
ドイツにおける脱原発の動きのきっかけは、2000年の社会民主党(SPD)および緑の党の連立政権により、脱原発に向けた合意がなされたことである。その後、2002年に原子力法が改定され、原発の平均稼働期間が32年と定められ、各原子力発電所に許容発電量が振り分けられた。それによると、全ての原子力発電所は、2022年頃には使用停止となる予定であった。その後のドイツにおける原発を巡る議論では、原発の段階的廃止については、主要政党を含め国民的合意が成立していた。問題は、段階的廃止のスピードであった。
こうした状況の下で、既述のように、メルケル政権は2010年9月に新エネルギー戦略を閣議決定し、原子力発電所の稼働期間を平均12年間延長することを提案したのであった。
具体的には、国内17箇所の原子力発電所のうち、1980年以前に稼働開始した施設(7基、7419MWe)は約8年間(通算の運転期間は平均40年)、それ以降の稼働開始施設(10基、14003MWe)は約14年間延長(通算の運転期間は平均46年)するというものであった(注8)。あわせて、原子力発電所安全規制は原子力法改正の枠組みの中で強化し、最高水準に変更するというものである。予定では2036年までに、全て停止することになっていた。
(注8)1980年を境に分けたのは、異なる技術基準で運転されていたためである。
この政策のもう一つの大きな狙いは、稼働期間延長により、自然エネルギー及び省エネ関連投資促進予算を確保することであった。
すなわち2016年までの時限措置である核燃料税に加え,稼働期間延長による追加的利益への課徴金を定める取り決めを、原子力発電所運営事業者との間で行うこととしていた。この取り決めによると、原子力発電所の稼働期間延長への対価として、原子力発電事業者に2011年〜2016年の間において年間23億ユーロの核燃料税及び、2011年、2012年はそれぞれ年間3億ユーロ、2013年〜16年は年間2億ユーロの追加的な課徴金が課せられることになる。
新規の核燃料税及び追加的な課徴金は、原子力発電事業者の追加的利益の大半の支払いを強いるとともに、稼働期間延長により、原子力発電事業者が経済的に優位な立場に置かれることを防止することも意図している。連邦経済技術省は、稼働期間延長を考慮し、エネルギー部門における競争環境の定期的調査を行い、適切な措置を提案する。
★7.脱原発を巡るその後の議論
新エネルギー戦略による既存原発の稼働期間の延長提案は、野党や市民団体から強力な反対運動を呼び起こすこととなった。2010年9月18日にはベルリンで10万人規模の原発反対デモが行われるなど、脱原発加速への世論の高まりは続いた。こうした根強い反原発の世論に、2011年3月11日の福島原発の事故が追い打ちをかけた。
メルケル政権は福島原発の事故を受け、2011年3月に予定されていた2つの州議会選挙(バーデン・ビュルテンベルク州、ラインラント・プファルツ州)の前に、原発の稼働期間延長政策の転換(稼働中の原子炉17基の延長を3か月間停止し、1980年以前から稼働している7基は運転停止する)を明らかにした。しかしながら、3月27日に行われた州議会選挙では大敗し、特にドイツ南西部バーデン・ビュルテンベルク州では、ドイツ政治史上初の緑の党の州首相が誕生した(注9) 。西部ラインラント・プファルツ州議会選でも緑の党が15.4%と得票率を3倍強に伸ばし、社民党と連立を組む可能性が出ている。一方、連立与党の自由民主党(FDP)は選挙後、脱原発に急転換した(注10) 。
(注9)朝日新聞2011年5月13日
(注10)ドイツ連邦議会は2院制であるが、州政府の代表で構成される連邦参議院は2010年10月以来野党が多数を占め、ねじれ国会となっていたが、2011年3月の地方選挙の結果、与野党逆転はさらに拡大した。
こうしたことを背景とし、メルケル首相は2011年4月15日、「脱原発」の見直しを進めてきた政策を転換し、国内の原子炉全廃を早期に実現する方針を決めた(注11) 。これは野党社会民主党(SPD)を含む国内16州の州首相らと協議したうえで、これまで連立与党が推進してきた既存原子炉の稼働延長を短縮することで合意したものである。この合意を受け、メルケル政権は2010年9月に、平均12年間の延長を決めた原子炉の稼働期間を短縮するため、6月上旬までに、原発全廃までの期間などを示す改正原子力法等関連法改正案を策定する意向である。脱原発を石炭火力に頼らずに、エネルギー効率のさらなる向上と自然エネルギー拡大の加速化によって、達成しようとするのが基本的な方向である。
(注11)東京新聞2011年4月17日
6月上旬までに検討されるエネルギー転換政策の包括的な措置の内容としては、第一に、再生可能エネルギー普及拡大を従来以上に加速すること、とりわけ洋上風力発電の拡大・強化がある。第二に、エネルギー・ロスの少ない高圧電力網の整備、とりわけ現在原子力発電に依存している南部地域に対して、北部の風力発電の電力を送るための送電線網整備である。第三に、住宅やオフィスビルなどの建物のエネルギー効率化への設備投資、第四に、核廃棄物処理場の点検や廃炉処理の検討などが主要な中身となろう。いずれの事業にも、膨大な費用が掛かることになる。したがってその財源を、電気料金の改定を含め、どこに求めるかが最大の課題になっている(注12) 。
(注12)さらに短期的には既存原発の運転停止により、ドイツは電力輸出国から輸入国になってしまったことも報じられている(毎日新聞2011年5月9日)。ただしドイツ環境省は、「ドイツは国内需要を自力で供給することはできるが、安い隣国の電力を輸入しているだけであり、欧州の電力自由化市場ではよくあること」と述べている。
既述のように新エネルギー戦略で原子力の稼働期間延長を決めた際には,原子力発電所事業者に対する税金ないし賦課金をかけ、その収入を活用して自然エネルギーへの転換を図ることが想定されていた。延長をやめる、あるいはより早期の廃止を進めると、こうした財源も期待できない。新たな財源と費用負担について、より厳しい議論が必要となっているのである。
★8.福島原発事故からの教訓
ドイツの経験は、「明確に方向性を打ち出して、効果的な政策を施行すれば、急速な変化が可能であること」を示している(注13) 。
(注13)ワールドウォッチ研究所、「地球白書2009-10」、ワールドウォッチジャパン、2009年、111頁
一方、福島原発事故は、我が国の原発に依存する電力大量消費・大量供給社会のもろさを露呈し、原発の安全性と経済性の根本的な再検討を、評価基準・評価体制を含めて求めるものである。この事故から汲み取るべき教訓は、原発の技術的課題のみならず、電力供給システム全般、そしてエネルギー安全保障や気候変動政策にも深くかかわる。そのためには電力供給システムのライフサイクルをトータルで考慮し、エネルギー政策・環境政策・資源政策を統合的に考えることが必要である。
わが国では従来原子力発電が、経済性・安全性、そして気候変動政策への寄与を理由として促進されてきた。安全性や気候変動政策への寄与については、いまやその根底が揺らいでいる。経済性については、放射性廃棄物処理などバックエンド(後処理)の不確実性、原発と一体で建設される揚水発電の費用、そして種々の名目で原発のための支出されている巨額の財政負担などを考慮すると、発電コストが過小に評価されてきたことが明らかにされている(注14) 。すなわち原子力発電の経済性は実は巨額な財政支出があって初めて成り立っていたのであり、それが他の自然エネルギーなど多様な発電技術実用化を妨げ、競争をゆがめてきたのである。
(注14)大島堅一、「再生可能エネルギーの政治経済学」、2010年
また、我が国の現在の電力供給は地域独占で行われる垂直統合型であり、発電と送電は分離されていない。今や世界的には、この仕組みは特殊な形態となっている。今後は電源別の公正な競争を可能にする制度的枠組みづくりが課題であり、その中で発電と送電を分離し、小規模・分散型の自然エネルギーによる発電の適正な競争への参加が期待される。
★9.21世紀型エネルギー・環境システムへの移行
気候変動のリスクと原子力のリスクを避けるためには、長期的には化石燃料と原子力発電への依存を減らすことが必要である。これは電源の形態でいえば、従来型の[化石燃料+原子力]から、[自然エネルギー+省エネルギー+スマート・グリッド+蓄電]への転換である。後者を未来型、ないし「21世紀型のエネルギー・電力供給システム」と名づけよう(表3参照)。
「省エネルギー」と節電を進めることは、マイナスのエネルギー・電力の消費であり、それはエネルギーや電力の供給能力を高めることであり、節約したエネルギー相当分を生産したことになる。いわば省エネ発電所を建設することに相当する。このような省エネルギー・節電のメカニズムを経済社会にビルトインし、省エネ発電所への投資を促進する制度的基盤づくりが重要である。
スマート・グリッド(次世代送電網)は、情報技術を活用してエネルギーの需要と供給を管理し、自然エネルギーや複数の分散型蓄電装置の能力を活かすうえで欠かせない。スマート・グリッドとスマート・メーターの活用、そしてスマートコミュニティを広げることにより、電力使用者と供給者の双方向のコミュニケーションを可能とし、リアルタイムで需給バランスを図り、需要のピークをシフト(平準化)することが容易になる。
[自然エネルギー+省エネルギー+スマート・グリッド+蓄電]のエネルギー・電力供給システムは、従来の大規模・集中電源から、分散型ネットワーク電源への転換をも意味する。小規模分散型であることによって、大規模な災害が起こった場合でも、大規模集中立地によるリスクを避け、システム全体の停止は避けることができる。したがって災害への抵抗力が高くなり、リスク低減社会の構築に資する。これはさらに、エネルギーの地産地消と自然に適合した地域経済や雇用の拡大にもつながることになる。
政府は福島原発事故を契機として、エネルギー基本計画をはじめ、既存のエネルギー政策の根本的な見直しを行うことを表明している。発送電の分離を始めとし、はたして「21世紀型のエネルギー・電力供給システム」への移行を確かなものとできるかどうか、注目されるところである。
表3 従来型vs21世紀型電力供給システム
原子力+化石燃料
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自然エネルギー+スマート・グリッド+蓄電
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大規模・集中電源
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分散型・双方向型(大規模災害への抵抗力大)
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地域独占・垂直統合
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電力自由化、発・送電分離
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既得権益
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産業構造転換・新規参入、消費者の選択
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RPS(再生可能エネルギーに関する固定枠制)
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FIT(固定価格買取制)、新たなビジネスモデル
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トップ・ダウン
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ボトムアップ(←市民運動、消費者運動、自治体からの政策革新)
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*諸富徹(注15) を参考に筆者作成
(注15)杉田敦編、『連続討論 「国家」はいま』、岩波書店、2011年、86-95頁
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